登るのは命がけ!死亡率が桁違いにヤバい登頂が超危険な山ランキング!

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2018年最新版。

登頂が超危険な山をまとめてみました。登山を極めているプロ達がフル装備でありながら死んでしまう山。命を賭けてまでなぜ人は登るのか。栄誉か、はたまた無謀なのか…

 

死亡率・登頂者数・死亡者数を添えて私なりにまとめてみました。

登山者数は年々増加し、装備、技術の進歩により、登山成功率は格段に上がっています。ということは、死亡率も格段に下がっていきます。最新の情報を記載していますが、日々変動していることをご了承ください!

 

ランキングには入れていませんが、まずは世界一有名な山を紹介します。

 

 

エベレスト

3.68% 

登頂者数7,010人 死亡者数258人

 

標高8,850m 世界で一番高い山です。

エベレストはインド測量局で長官を務めたジョージ・エベレストにちなんで命名された山です。

中国側ではエベレストのことをチョモランマ『世界の母神』と呼び、ネパール側ではサガルマータ『世界の頂上、大空の頭』と呼ぶ。

1953年にイギリス探検隊のメンバーでニュージーランド出身の登山家エドモンド・ヒラリーとネパール出身のシェルパであるテンジン・ノルゲイによって初登頂がなされた。1920年の初挑戦から1953年の初登頂まで32年かかったようです。

 

『世界の果てまでイッテQ!』で、イモトアヤコさんが2015年に挑戦しましたが、地元のシェルパが雪崩で亡くなったことを受け日本テレビの大久保好男社長は企画を断念することを発表しました。

 

エベレストの標高8000mを超えた地帯はデスゾーン(死の地帯)と呼ばれて、平均温度は-27℃、時速300キロメートルの強風が吹き荒れ、酸素は地上の3分の1。

 

人間の高度順化の限界を超えている地帯であるため、プロの登山家でも48時間しか活動出来ないそうです。しかも酸欠で脳細胞がバタバタ死ぬ… 登頂して得るものって何なのだろう。失うもののほうが多い気がするが。

 

エベレストには『虹の谷』と呼ばれる場所が存在します。

そう呼ばれる理由?

カラフルな衣類を纏った登山者達の遺体が大量に転がっていて、虹の様だからだそうです。

カラフルな衣類は登山ルートの目印にもなっているようです。

しかもこの虹の谷には、200体以上の登山家の遺体がそのまま放置されていて、ミイラとなって今も眠っています。

 

 

しかもエベレストへの入山料は1人120万円(料金改正)

道具や移動費など登山前後に必要な費用・入山料・登山中にかかる費用・食費や滞在費、一体エベレストへ登るために幾ら必要なのか?

 

最高齢80歳にして登頂した三浦雄一郎さんが登頂にかかった費用は約1億5000万円とか。

パーティーはアタック隊2名、アタックのサポート2名、ベースキャンプのサポートメンバー3人、コックが5名、シェルパ18人の大部隊。しかもこの人達、80歳の人を頂上まで引っ張りあげる訳ですから、プロ達の中から選ばれたエリート達のはずです。当然費用は上がりますよね。

 

普通の人は500万~1,000万円、期間は2カ月必要なもよう。まず普通の人は2カ月の休暇を取得するのが無理です笑

 

 

それでは危険な山ランキングTOP10の紹介です。

 

 

10位 ブロードピーク

6.28% 

登頂者数462人 死者数29人

標高8,047m 世界第12位、

中華人民共和国とパキスタンとの国境にある山。

元々はK2の次の山ということでK3という名前が付いていましたが、山頂の幅が1.5kmにも及ぶことから広い頂を意味する『ブロード・ピーク』の名に変更されました。

1957年6月9日にマルクス・シュムック率いるオーストリア隊4人が初登頂。

 

 

9位 マカルー

7.60% 

登頂者数434人 死者数33人

標高8,463m 世界第5位。

ヒマラヤ山脈にある山。

マカルーの由来は、チベット語のカマルー『カマ渓谷にある峰』の転語という説や、サンスクリット語のマハーカラー『ヒンドゥー教のシバ神の化身』の訛ったものという説がある。

切り立った峰や急な斜面などから、世界でも屈指の登りづらい山として知られている。

1955年5月15日、一年前に登頂失敗したフランス隊リオネル・テレイとジャン・クジーが再挑戦し初登頂。

 

 

8位 マナスル

8.39% 

登頂者数942人 死者数79人

標高8,163m 世界8位。

ネパールの山。

山名はサンスクリット語で『精霊の山』を意味するManasaから付けられている。

1956年5月9日、12人の日本山岳会隊の今西壽雄、ギャルツェン・ノルブにより初登頂。

『世界の果てまでイッテQ!』で、イモトアヤコさんが2013年10月2日に登頂成功。

 

 

7位 シシャパンマ

8.41% 

登頂者数333人 死者数28人

標高8,027m 世界第14位。

ヒマラヤ山脈にある山。

シシャパンマとはチベット語で『牛も羊も死に絶えて、麦も枯れる地方』の意味。

サンスクリット語ではゴサインタン『神の座』

14座ある8,000m峰の中で、世界で最後に登頂された山。

1964年5月2日に中国人登山家許競ら10人により初登頂。

 

 

6位 ガッシャーブルムⅠ

9.63% 

登頂者数353人 死者数34人

標高8068m 世界第11位。

ガッシャーブルムはバルティ語で『美しい山』 rgashar(美しい) + brum(山)の意である。

ガッシャーブルムII~VI峰に遮られ、山体が見えないことから『ヒドゥン・ピーク』(Hidden Peak)とも呼ばれる。

1958年7月5日、アンドリュー・ジョン・カウフマン、ピート・ショーニングらのアメリカ隊により南東稜から初登頂。

 

 

5位 カンチェンジュンガ

13.55%

登頂者数332人 死者数45人

 

標高8,586m 世界第3位。

1838年から1850年頃まで最高峰の山と考えられていた。

カンチェンジュンガとはチベット語で『偉大な雪の5つの宝庫』の意味。

主峰の他に西峰ヤルン・カン(8,505m)、中央峰(8,478m)、南峰カンチェンジュンガII(8,476m)、カンバチェン(7,903m)が並ぶ。

 

1955年5月25日、イギリスのチャールズ・エヴァンス隊のジョージ・バンド、ジョー・ブラウンにより初登頂。

 

 

4位 ダウラギリ

16.20% 

登頂者数469人 死者数76人

 

標高8,167m 世界第7位。

ヒマラヤ山脈のダウラギリ山系にある山。

ダウラギリはサンスクリット語で『白い山』という意味。

1960年5月13日、スイス・オーストリア隊のクルト・ディムベルガーらが無酸素で北東稜から初登頂。

 

 

3位 K2

21.76% 

登頂者数386人 死者数84人

標高8,611m エベレストに次ぐ世界第2位。

カラコルム山脈にある山。

K2とはKarakorum No.2 、つまりカラコルム山脈測量番号2号を意味する。

 

世界第2位の高峰であるにも関わらず、人里から遠く離れた奥地にあるため、19世紀末までほとんど人に存在を知られることもなく、名前も無かった。

 

1954年7月31日、イタリアのアルディト・デジオ隊が大規模な登山隊でアプローチして2人が登頂に成功。初登頂。

 

初挑戦の1892年から、初登頂の1954年まで、実に62年の登山家を苦しめた山。

 

 

2位 ナンガ・パルバット

23.32% 

登頂者数343人 死者数80人

標高8,125m 世界第9位。

ヒマラヤ山脈のパキスタンギルギット・バルティスタン州にある山。

ナンガ・パルバットは周囲に高い山がないことに由来してウルドゥー語で『裸の山』の意味。

 

1953年、ヘルマン・ブールが無酸素で初登頂。証明として山頂にピッケルを残した。

初挑戦の1895年から、初登頂の1953年まで、実に58年間も登頂を許さなかった山。

 

多くの遭難者を出したことから『人喰い山』と恐れられた。

現在、冬季登頂に成功していない8000mの山はこのナンガ・パルバットとK2のみである。

 

さあ、登るのは命がけ、死亡率が桁違いに高い登頂が危険な山。

堂々の第一位は・・・

 

 

 

 

1位 アンナプルナ

31.60% 

登頂者数212人 死者数67人

標高8,091m  世界第10位。

サンスクリットで『豊穣の女神』の意味。

別名『キラーマウンテン』

世界最高の死亡率を誇る山。その確率なんと38.2%を誇ります。

 

アンナプルナは雪山なので足場が崩れて死亡。上からの雪崩で死亡。準備も当然必要だか、それよりも運が必要な山。

 

1950年6月3日、モーリス・エルゾーグとルイ・ラシュナルが北東壁ルートを無酸素で初登頂。

2人は無事に下山したが、8,000m峰の登頂は過酷を極め、モーリスとルイは2人合わせて30本の指を凍傷で失い、空港で出迎えた人々を絶句させた。

そりゃするわ笑

2人で手と足の指を合わせた総数は40本ですからね。

 

 

 

以上が『登るのは命がけ!死亡率が桁違いにヤバい登頂が超危険な山ランキング』でした。

 

おまけで『番外編』もご覧ください!

谷川岳

1931年から統計が開始された谷川岳遭難事故記録によると、2012年までに805名(一ノ倉沢などの岩壁からの登頂によるもの)の死者が出ている。

この死者数は『世界の山のワースト記録』としてギネス認定。

805名という死者数は、8000メートル級の山での死者数の合計637名をも上回る。

 

個人的な憶測ですが、この数は間違いなく準備不足の軽い気持ちの結果だと思います。素人に毛が生えた頃が、一番自分の力に慢心してしまう時です。自然は容赦ありません。山へは気を引き締めて行きましょう!

 

 

アイガー北壁

ベルナーアルプスの一峰でスイスを代表する山。標高は3,970m。

北壁は山ではなく『壁』

登山では無く、限界を越えたロッククライミングです。

まさしく『そこに壁があるから』

 

『世界の果てまでイッテQ!』で、イモトアヤコさんが2016年8月25日に登頂成功。

彼女が登ったルートはアイガーの東山稜ルートです。北壁ではありません。

 

 

登山家のウーリー・ステック。頭おかしい…

 

写真は多機能型腕時計SUNTOの機能っぽいのですが、2013年7月までに71人が命を落としたアイガー北壁で、登頂するのに熟練した登山家でも2日はかかる山を2時間ちょいで登って、

運動強度『ややきつい』笑

この人ほんとに化け物ですね。

 

追伸

世界各地の山の最速登頂記録を持つスイスの著名登山家ウーリー・ステック氏が4月30日、登山中に滑落して死亡した。

40歳でした。

『スイス・マシン』の異名で知られていたステック氏は、並はずれた体力と技術で、アルプスの山々を最も速く登った記録を持ち、スイスを代表するアルプスのアイガー(3970m)を2時間22分で登頂。
2012年には酸素ボンベなしでエベレスト登頂にも成功した。間違いなくトップクラスの登山家です。

 

今回は難易度の高い西側のルートからエベレスト登頂を目指し、さらに世界第4位の高峰ローツェ(8516m)に挑戦する計画だった。

順応のためヌプツェ(ヒマラヤ山脈のエベレストの西南に連なる標高7,861mの山)に登っていたところを1000m滑落したようです。

ただ、誰かが書き込みしてたんですが、彼は毎回『ロシアンルーレット』をやってるようなもの。と。

偉そうに言う気はありませんが、ウーリー・ステック氏は速さや難易度を求めすぎたんじゃないかなと思います。

しかも年齢も40歳になり、若い頃に比べて確実に全てが衰えている頃でもあります。

まあ珍しいことしないとスポンサーが付かないので高額の登山費用が捻出出来ない。ってのも問題だと思いますが。

ご冥福をお祈りいたします。

 

最後まで読んで頂きありがとうございましたm(__)m

登るのは命がけ!死亡率が桁違いにヤバい登頂が超危険な山ランキング!でした。

 





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