世界で最も高い山々【8000メートル峰(14座)】そこは人間を拒む、神の住む領域。

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2018年最新版。

8000m峰。神々の住む世界。14座とは何か。どんな山なのか。そこに何があるのか。

わたくし金剛山大好きなMAKOが徹底的に解説していきたいと思います。

 

8000メートル峰(Eight-thousander)とは

地球上に標高が8000mを超える山は、エベレストの8848mを頂点に全部で14座存在し、この14座は『8000メートル峰(Eight-thousander)』と総称され、多くの登山家たちの畏敬を集めています。

この8000m峰を初めて全て制覇(無酸素)した登山家は、イタリアの生きる伝説ラインホルト・メスナー。1986年に成し遂げました。

全14座を最初に全制覇&無酸素で登頂した登山家ラインホルト・メスナー

 

1986年は今から30年以上も前。現在のゴアテックス(GORE-TEX)などの優れたギアも存在しない状態での達成というのは、現在の最新のギアを装備した登山家の達成よりも、遥かに難しく、遥かに価値のある達成だと思います。

なんかめっちゃ良いこと言ったような気がする笑。

 

日本人で唯一制覇しているのは竹内洋岳さん(1995-2012 )

全14座を日本人で初めて制覇した登山家の竹内洋岳

この人は、2007年にガッシャーブルムII峰(パキスタン・8,035m)で雪崩に巻き込まれ、腰椎破裂骨折の重傷を負う。各国登山隊のレスキューで奇跡的に生還した。帰国後に背骨にチタンシャフトを埋め込む手術を受け、もう登山への復帰は絶望的と言われながらも、リハビリにより、11か月後には、事故のあったガッシャーブルムII峰へ再び挑み登頂を果たした凄い人。

日本でナンバー1の登山家だと思います。現時点で、彼に続く14座制覇を達成しそうな日本人はいません。

 

デスゾーン

酸素と気圧は平地の3分の1。気温は平均マイナス35度。まさに人間が生存できない神の領域である。その壮絶さゆえ、登山家の間では、『人が生きていけない領域』という意味で『デスゾーン』と呼んでいます。

8000メートルという世界は、高さでいうと飛行機が雲の上を飛んでいるくらい。飛行機が安定飛行をする高度は、8000~1万メートルほど。この高さに自分の心臓と肺だけで、行くということ。もし、飛んでいる飛行機の扉が急に開くと、人間は1分ほどで失神、そして全員が死亡する。それが8000メートルという世界。

標高8000m以上の領域に長時間いると、極度の酸欠状態が長い間続くため脳に酸素が行き渡らず、脳細胞が死んでしまう。

『1回エベレストに登頂すると、1回ボコボコにKOされたのと同じくらい脳細胞が死ぬ』

『登山家でヒマラヤに行ってる人で、ボケる人が多いんですよ、本当に。50代半ばぐらいでエベレストに10回登った、有名なシェルパがいるんですけどね。10回とも無酸素で登ってるんです。彼は50代半ばですけど、もうボケてしまっているんです』と日本のアルピニスト野口健さんが語っています。

パンチドランカーの山版ですね。

ちなみにエベレストには約200の遺体が放置され、それぞれに名前が付けられ、登頂へのランドマークとなっているようです。

『動けなくなった人は見捨てる』

すごく残酷に思える言葉かもしれませんが、これがデスゾーンでは通例となっているようです。他人を気遣うゆとりは皆無。自分の命を守ることで精一杯な場所。それがデスゾーンです。

 

 

『死』

標高6000m以上はヘリコプターが飛行不能。

標高6000m以上は気圧が低すぎて、空気を使って揚力を得る仕組みであるヘリコプターは空気が少なすぎて安定して飛ぶ事ができない。よってヘリによる救出や遺体の回収も不可能。

怪我をしても、体調を崩しても、死亡しても、ヘリコプターに助けを求めることは出来ないのです。

動けなくなる。それは即ち『死』を意味します。

 

私にはまったく理解の出来ない世界です。私は可愛い金剛山(1125m)で満足です笑

 

登山家を支える超人

山で産まれ、山で育ち、山で働く。

人生の全てが山にある。

その名は【シェルパ】

彼らはシェルパ族と呼ばれる高地に住む少数民族で、もともと身体が高地に順応しているため、エベレストのような標高の高い山では驚異的な身体能力を発揮する。

彼らは登山家たちの荷物を運び、登山家たちと共に山に登る。

自分の体より大きい荷物を軽々と背負い、酸素の薄い高山を登る超人である。

よくアスリートが、酸素の薄い高山でトレーニングをし、身体能力のアップを図りますが、彼らは生まれたときから高山にいるので必然的に体は強くなります。

正直な話、著名な登山家よりも生まれたときから高山に順応しているシェルパ族の方が身体能力は高い。

登山家に密着するドキュメンタリーなどでも、シェルパ族の姿を映すと登山家がかすんでしまうため、番組の演出上シェルパ族は映さないようです。

安い賃金で雇われ、高山で重い荷物を運ぶ重労働を生業とするシェルパは、常に死と隣り合わせの存在であるが、登山家たちには欠かせない存在となっています。

1921年から、エベレスト登山で亡くなった人は累計265人。そのうちの104人はシェルパなどの雇われて登山に参加していたひとたち。

辛い仕事ですね。

 

 

それでは14座を標高の高い順に紹介します。

8000メートル峰(14座)一覧

エベレスト 8,848m ネパール・中国
K2 8,611m パキスタン・中国
カチェンジュンガ 8,586m ネパール・インド
ローツェ 8,516m ネパール・中国
マカルー 8,463m ネパール・中国
チョ・オユー 8,201m ネパール・中国
ダウラギリ 8,167m ネパール
マナスル 8,163m ネパール
ナンガ・パルバット 8,126m パキスタン
アンナプルナ 8,091m ネパール
ガッシャブルムⅠ峰 8,068m パキスタン・中国
ブロード・ピーク 8,051m パキスタン・中国
ガッシャブルムⅡ峰 8,035m パキスタン・中国
シシャパンマ 8,027m 中国

 

ビッグ5

標高1位のエベレストから5位のマカルーまでは『ビッグ5』と呼ばれています。

エベレスト・K2・カンチェンジュンガ・ローツェ・マカルーのことです。

 

14座登頂成功者たち

順位 名  前 達成年 国  籍
1 1 ラインホルト・メスナー 1970-1986 イタリア
2 イェジ・ククチカ 1979-1987 ポーランド
3 2 エアハルト・ロレタン 1982-1995 スイス
4 カルロス・カルソリオ 1985-1996 メキシコ
5 クシストフ・ヴィエリツキ 1980-1996 ポーランド
6 フアニート・オヤルサバル 1985-1999 スペイン
7 セルジオ・マルティーニ 1976-2000 イタリア
8 朴英碩(パク・ヨンソク) 1993-2001 韓国
9 厳弘吉(オム・ホンギル) 1988-2001 韓国
10 4 アルベルト・イニュラテギ 1991-2002 スペイン
11 韓王龍(ハン・ワンヨン) 1994-2003 韓国
12 5 エド・ベスターズ 1989-2005 アメリカ
13 6 シルビオ・モンディネッリ 1993-2007 イタリア
14 7 イバン・バレーホ 1997-2008 エクアドル
15 8 デニス・ウルブコ 2000-2009 カザフスタン
16 ラルフ・ドゥイモビッツ 1990-2009 ドイツ
17 9 ベイカー・グスタフッソン 1993-2009 フィンランド
18 アンドリュー・ロック 1993-2009 オーストラリア
19 10 ジョアン・ガルシア 1993-2010 ポルトガル
20 ピョトル・プステルニク 1990-2010 ポーランド
21 エドゥルネ・パサバン 2001-2010 スペイン
22 アベーレ・ブラン 1992-2011 イタリア
23 ミンマ・ツェリン・シェルパ 2000-2011 ネパール
24 11 ゲルリンデ・カルテンブルンナー 1998-2011 オーストリア
25 ヴァシリー・ピフツォフ 2000-2011 カザフスタン
26 12 マクスト・ジュマイエフ 2001-2011 カザフスタン
27 キム・ジェスー 2000-2011 韓国
28 13 マリオ・パンツェリ 1988-2012 イタリア
29 竹内洋岳 1995-2012 日本
30 チャン・ダワ・シェルパ 2001-2013 ネパール
31 14 金昌浩 2005-2013 韓国
32 ホルヘ・エゴチュアガ 2002-2014 スペイン
33 15 ラデック・ヤロス 1998-2014 チェコ

※順位の横の【無】は無酸素登頂の意味です。

 

14座のそれぞれの山を死亡率を交えて紹介します!

エベレスト

8,848m ネパール・中国
死亡率:3.68%
挑戦者:7010人
死亡者:258人

ヒマラヤ山脈にある世界最高峰の山。

エベレストはインド測量局で長官を務めたジョージ・エベレストにちなんで命名された。

1920年代から長きにわたる挑戦の末、1953年にイギリス探検隊でニュージーランド出身の登山家エドモンド・ヒラリーとネパール出身のシェルパであるテンジン・ノルゲイによって初登頂がなされた。

 

 

K2

8,611m パキスタン・中国
死亡率:21.76 %
挑戦者:386人
死亡者:84人

K2はKarakorum No.2 、つまりカラコルム山脈測量番号2号を意味する。

パキスタンの最高峰であり、カラコルム山脈の最高峰でもある。

1954年7月31日にイタリアのアルディト・デジオ隊がパキスタン側から大規模な登山隊でアプローチして2人が登頂に成功(初登頂)。以降、この南東稜ルートが標準的な登山ルートとなる。

 

 

カチェンジュンガ

8,586m ネパール・インド
死亡率:13.55%
挑戦者:332人
死亡者:45人

カンチェンジュンガとはチベット語で【偉大な雪の5つの宝庫】の意味。主峰の他に西峰=ヤルン・カン(8,505m)、中央峰(8,478m)、南峰=カンチェンジュンガII(8,476m)、カンバチェン(7,903m)が並ぶ。

1955年5月25日にイギリスのチャールズ・エヴァンス隊のジョージ・バンド、ジョー・ブラウンが初登頂。

 

 

ローツェ

8,516m ネパール・中国
死亡率:2.83%
挑戦者:600人
死亡者:17人

ローツェはチベット語で『ロー=南、ツェ=峰』の意味で、エベレストの南峰であることを意味する。ローツェの頂上とエベレストの頂上は、直線で約3kmほどしか離れていない。

主峰の他に中央峰(8,414m)、シャール峰(8,383m、東峰)がある。

1956年5月18日にエルンスト・ライスとフリッツ・ルフジンガーが率いるスイスの登山隊によって主峰初登頂。1970年5月12日にオーストリア隊のZepp MaierlとRolf Walterがシャール峰への登頂に成功。2001年5月23日にロシアのEugeny Vinogradsky・Serguei Timofeev・Alexei Bolotov・Petr Kuznetsovの4人が中央峰に登頂。

 

 

マカルー

8,463m ネパール・中国
死亡率:7.60%
挑戦者:434人
死亡者:33人

山頂は四角錐状になっており、狭い鞍部を挟んだ北側には別の頂であるチョモロンゾ(7,818m)がある。

マカルーは、急な斜面や切り立った峰などから、世界でも屈指の登りづらい山として知られている。

1955年5月15日、一年前に登頂失敗したフランス隊が再挑戦し、リオネル・テレイとジャン・クジーが初登頂。

 

 

チョ・オユー

8,201m ネパール・中国
死亡率:1.30%
挑戦者:3389人
死亡者:44人

シェルパ語で『トルコ石の女神』の意味。全部で14座ある8000m峰の中では最も登りやすい山とされる。登山者数が8000m峰の中ではエベレストに次いで2番目に多い山。

1954年10月19日にJ.ヨヒラー、パサン・ダワ・ラマ、H.ティッヒーにより初登頂。無酸素。

 

 

ダウラギリ

8,167m ネパール
死亡率:16.20%
挑戦者:469人
死亡者:76人

ダウラギリはサンスクリット語で『白い山』という意味。

ダウラギリは、1808年に初めてヨーロッパの人々に知られるようになり、カンチェンジュンガの存在が知られるまでの約30年間、世界一高い山と考えられていた。

1960年にクルト・ディムベルガーらスイス・オーストリアの登山隊によって初登頂が成し遂げられた。

 

 

マナスル

8,163m ネパール
死亡率:8.39%
挑戦者:942人
死亡者:79人

山名はサンスクリット語で『精霊の山』を意味する。

1956年5月9日に今西壽雄・ギャルツェン・ノルブら日本隊によって初登頂を達成。この成功は戦後の日本登山界に多大な影響を与え、空前絶後の登山ブームを巻き起こすなど社会現象になった。

 

 

ナンガ・パルバット

8,126m パキスタン
死亡率:23.32%
挑戦者:343人
死亡者:80人

ナンガ・パルバットはウルドゥー語で『裸の山』の意味で、周囲に高い山がないことに由来する。

1953年7月3日にヘルマン・ブールが初登頂するまでにドイツ隊が何度も挑み、多くの遭難者を出したことから『人喰い山』と恐れられる。

南側のルパール壁は標高差4,800mと世界最大の標高差を誇り、屈指の登攀難壁である。西側のディアミール壁も困難な壁。南西稜は『マゼノリッジ』と呼ばれ、13kmの間に7,000m峰を6つ、6,000m峰を2つ含むヒマラヤでも最大級の稜線となっている。

 

 

アンナプルナ

8,091m ネパール
死亡率:31.60%
挑戦者:212人
死亡者:67人

サンスクリットで『豊穣の女神』の意味。第1峰(8,091m)、第2峰(7,937m)、第3峰(7,555m)、第4峰(7,525m)がある。

1950年6月3日に、フランスのモーリス・エルゾーグ、ルイ・ラシュナル率いるフランス隊によって、第1峰に初登頂がなされた。人類が足跡を刻んだ初めての8,000m峰(14座)であり、3年後にエベレストが登頂されるまでは人類が登頂した最も高い山であった。

8,000m峰(14座)で最も死亡率が高い山。

 

 

ガッシャブルムⅠ峰

8,068m パキスタン・中国
死亡率:96.3%
挑戦者:353人
死亡者:34人

ガッシャーブルム山塊の最高峰。カラコルム山脈の主要なアプローチルートであるバルトロ氷河からはガッシャーブルムII~VI峰に遮られ山体が見えないことからヒドゥン・ピーク(Hidden Peak)とも呼ばれる。

ガッシャーブルムはバルティ語(現地のチベット語方言)で『美しい山』という意味。

1958年7月5日南東稜からアンドリュー・ジョン・カウフマン、ピート・ショーニング(アメリカ隊、ニコラス・クリンチ隊長)により初登頂。

 

 

ブロード・ピーク

8,051m パキスタン・中国
死亡率:6.29%
挑戦者:462人
死亡者:29人

主峰の北側には鞍部を挟んで中央峰(8011m)、次いで北峰(7490m)がある。

K2から約8km離れた位置にあり、ガッシャーブルム連峰に属する。元々はK2の次の山ということでK3という名前が付けられていた。

1957年6月9日マルクス・シュムック率いるオーストリアの登山隊4人(ヘルマン・ブール、フリッツ・ウィンターシュテラー、クルト・ディムベルガー)によって無酸素で初登頂。

 

 

ガッシャブルムⅡ峰

8,035m パキスタン・中国
死亡率:2.12%
挑戦者:992人
死亡者:21人

インドの測量局のカラコルム測量時の測量番号はK4。

1956年7月7日オーストリア隊のフリッツ・モラベック、ヨーゼフ・ラルヒ、ヨハン・ヴィーレンパルトが無酸素で初登頂。

2007年6〜7月に日本人初14座制覇を達成した竹内洋岳が登頂中に雪崩に巻き込まれ、腰椎破裂骨折などの重傷を負う。同行者2名死亡。

 

 

シシャパンマ

8,027m 中国
死亡率:8.41%
挑戦者:333人
死亡者:28人

シシャパンマまたはサンスクリット語由来のゴサインタン(神の座)。

シシャパンマとはチベット語で『牛も羊も死に絶えて、麦も枯れる地方』の意味。

1964年5月2日に許競隊長以下総勢10名が登頂に成功。人類にとって最後の8000m級処女峰への登頂でした。

 

世界で最も高い山【8000メートル峰(14座)】そこは人間を拒む、神の住む領域。でした。



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