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『天上天下唯我独尊』仏陀(ブッダ)の言葉から学ぶ。人生を見直す方法。

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『人生という道は、自分の思った通りには進めない。しかし、自分自身で道を切り開くしかない。人生という道に迷った時、仏陀の言葉を思い出して前向きに進んでいこう』
私の言葉です笑
『人生は、老いや病など、苦しみの連続であるが、心のあり方を見直せば、苦しみを克服することが出来る』
仏陀の言葉です。仏陀の『心のあり方を見直す言葉』を集めてみました。

 

仏陀とは

仏陀は、仏ともいい、悟りの最高の位『仏の悟り』を開いた人を指す。
サンスクリットで『真理に目覚めた人』『悟った者』などの意味である。
基本的には仏教を開いた『釈迦』ただ一人を仏陀とする。

 

釈迦とは

世界三大宗教の一つ仏教の開祖。
釈迦は紀元前400年前に現在の印度とネパールの国境地帯、タラ-イ盆地のシャカ族の王子としてネパールのルンビ二で4月8日に生まれました。
16才で結婚し長子『羅候羅』が生まれましたが、人々の『生・老・病・死』に苦しむ姿を見て、29才のとき出家。
難行苦行の末、35歳にして悟りを開き、衆生を救済するため仏教を開きました。
釈迦はキリストのように神の子として生まれるのではなく、無師独覚の人として聖者『仏陀』となりました。
80歳で死去したといわれている。

釈迦はこの世へ出てすぐに七歩歩いて右手で天空を指し左手で大地を指して

『天上天下唯我独尊』と声を出したと言う。

その真意は『天上・天下広しといえども、唯一無二の弥陀の本願を説くという、たった一つの目的を担って私は生まれてきた』です。
浄土真宗 親鸞会より引用

『この世で一番尊いのは自分である。なぜなら自分という存在はこの世に一人しかいないからである』の解釈は間違いだと思います。

 

それでは仏陀の悟りの言葉を紹介します。

 

万人は平等なり

 

みずから自分を励ませ

 

自分の道は自分で開け

 

忍耐は煩悩の炎を焼き尽くす最高の力である。

 

みずからを拠り所とせよ、
他を拠り所としてはならない。

 

この世においては、
怨みに報いるに怨みを以てしたならば、
ついに怨みの息むことがない。
怨みを捨ててこそ息む。
これは永遠の真理である。

 

以前には怠りなまけていた人でも、
のちに怠りなまけることが無いなら、
その人はこの世の中を照らす。
あたかも雲を離れた月のように。

 

学ぶことの少ない人は
牛のように老いる。
彼の肉は増えるが
彼の知恵は増えない。

 

今日すべきことは明日に延ばさず
確かにしていくことこそ
よい一日を生きる道である。

 

目的が達成されるまで、
人は努めなければならぬ。
自分の立てた目的が
そのとおりに実現されるのを見よ。

 

正しい教えを知らないで
百年生きるよりも
正しい教えを聞いて
一日生きる方がはるかにすぐれている。

 

愚かな人にならないために
怨みは怨みによって鎮まらない。
怨みを忘れて、
はじめて怨みは鎮まる。

 

多く説くからとて、
その故に彼が賢者なのではない。
こころおだやかに、
怨むことなく、
怖れることのない人、
かれこそ賢者と呼ばれる。

 

愚かな人は常に名誉と利益とに苦しむ。
上席を得たい、
権利を得たい、
利益を得たいと、
常にこの欲のために苦しむ。

 

たとえためになることを数多く語るにしても、
それを実行しないならば、
その人は怠っているのである。
牛飼いが他人の牛を数えているように。
彼は修行者の部類に入らない。

 

因果関係によってつくりだされた全てのものは
無常である(諸行無常である)と、
智慧によって見るとき、人は苦しみを厭い離れる。
これが人が清らかになるための道である。

 

愚かな人は、
私には息子がいる、私には財産がある、
などといってそれで思い悩むが、
自分自身がそもそも自分のものではない。
ましてや、息子が自分のものであろうか。
財産が自分のものであろうか。

 

旅に出て、もしも自分よりすぐれた者か、
または自分にひとしい者にであわなかったら、
むしろきっぱりと独りで行け。
愚かな者を道連れにしてはならぬ。

 

他の人たちが安楽だと言うものを、
聖者たちは苦しみであると言う。
他の人たちが苦しみだと言うものを、
聖者たちは安楽であると言う。
法は知りがたいものであると見よ。
無知なる者たちは、ここで迷うのである。

 

その報いが、自分には来ないだろう
と思い、善行を軽く見てはいけない。
水一滴の滴りも、つもれば水瓶をあふれさせる。
心ある人は、小さな善を積み重ねて、
いつのまにか、福徳に満たされているのである。

 

一切の形成されたものは苦しみである
と明らかな智慧をもって見るときに、
人は苦しみから遠ざかり離れる。
これこそ人が清らかになる道である。

 

他人の過失を見るなかれ。
他人のしたことと
しなかったことを見るな。
ただ自分のしたことと
しなかったことだけを見よ。

 

善をなすのを急ぎなさい。
善をなすのにのろのろしていたら、
心は悪を楽しむようになります。

 

貪りと怒りと愚かさを捨て、
諸々のしがらみを断ち、
命が尽きるのを恐れず、
犀の角のように、ただひとり歩め。

 

人間が他の動物よりも上に立つ理由は、
我々が冷酷に他の動物を
苦しめることができるからではなく、
彼らを憐れむことができるからです。

 

先ず自分を正しくととのえ、
ついで他人を教えよ。
そうすれば懸命な人は、
煩わされて悩むことがないであろう。

 

堅い岩が風に揺るがないように、
賢い人はそしられてもほめられても
心を動かさない。

 

おのれを抑えることと、
多くしゃべらずにじっと考えることは、
あらゆる束縛を断ち切るはじめである。

 

過去は追ってはならない、
未来は待ってはならない。
ただ現在の一瞬だけを、
強く生きねばならない。

 

沈黙しても批判され、
多く語っても批判され、
少し語っても批判される。
この世に批判されない者はない。

 

あなたの瞳を欺瞞の世界よりそらしなさい。
自分の感情を信頼するのをやめなさい。
感情はうそつきです。
あなた自身の中に、
個を排したあなた自身の内側に、
永遠の人を探し求めなさい。

 

生まれを問うな、
行為を問え。

 

世の中は泡沫のごとしと観よ。
世の中は陽炎のごとしと観よ。

 

子らは、すみかであり、
妻は最上の友である。

 

わたしは愚かである
と認められる者こそ、
賢者である。
逆に
自分は賢者である
と思っている者こそ、
愚者と呼ぶにふさわしい

 

 
最大の名誉は決して倒れない事ではない。
倒れるたびに起き上がる事である。

 

苦悩を乗り越えるための聖なる道は
8つの部分からできている。
正しいものの見方、正しい決意、
正しい言葉、正しい行為、
正しい生活、正しい努力、
正しい思念、正しい瞑想である。

 

快楽から悲しみと恐れが生まれる。
快楽より解脱した人間にとって、
もはや悲しみも恐れもない。

 

何処で、誰から産まれたのかを問うのではなく、
あなたが何をし、
これからどうしようとしているのかを、
問いなさい。

 

実力もないのに他人の批判ばかりをしてはならぬ。

 

世に母を敬うことは楽しい。
また父を敬うことは楽しい。

 

母と父とは、
子らに対して多大のことをなし、
育て、養い、この世を見せてくれた。

 

母、または父が老いて朽ち衰えていくのを養わないで、
自らは豊かに暮らす人、これは破滅の道である。

 

親の義務とは、子を悪から遠ざけ、
善に入らしめ、技能を習学させ、適当な妻を迎え、
適当な時期に相続させることである。

 

飲み友達なるものがある。
きみよ、きみよと呼びかけて、
親友であると自称する。
しかし、事が生じたときに
味方となってくれる人こそ、
友だちなのである。

 

人の価値とは、
生まれや身分によるものではなく、
清らかな行いによって決まる。

 

自分よりも愛しいものはない。
同様に他の人々にも、自己は愛しい。
故に自己を愛するものは、
他人を害してはならない。

 

 

生き物を自ら害すべからず。
また他人をして殺さしめてはいけない。
また、他の人々が殺害するのを容認してはならない。

 

女に溺れ、酒にひたり、
賭博に耽り、得るにしたがって、
得たものを、その度に失う人がいる。
これは破滅の門である。

 

婦女の求めるところは、男性であり、
心を向けるところは装飾品、化粧品であり、
よりどころは子どもであり、
執着するところは夫を独占することであり、
究極の目標は支配権である。

 

足りないものは、音をたてるが、
満ち足りたものは静かである。

 

道を行きて、己よりも勝れたる者、
または、己に等しき人に逢わずんば、
むしろ、独り行きて誤るな。
愚かなる者の友となるなかれ。

 

世界はどこも、とどまってはいない。
すべての方角も揺れ動いている。
私は、安住の地を求め探したが、どこにもなかった。
すべて、死や苦しみにとりつかれている所ばかりだった。
殺そうとしている人々を見よ。
武器をとって打とうとしたことから恐怖が起こった。
すべてのものは、燃えている。
欲望と怒りと愚かさによって。

 

釈迦が亡くなる前の『最後の説法』の中にある言葉です。

『自らを灯明とし、
自らをよりどころとして、
他人をよりどころとせず、
法を灯明とし、
法をよりどころとして、
他のものをよりどころとせずにあれ』

…理解するのが難しい言葉です。

『自分の足でしっかり生きろ』てことかな笑

 

『天上天下唯我独尊』仏陀(ブッダ)の言葉から学ぶ。人生を見直す方法。でした。

当たり前の事を綴った言葉だと思いますが、日々の生活で忘れてしまっている言葉でもあります。
現代の『自己啓発』等の元になっている言葉の様な気もします。

最後まで読んで頂きありがとうございますm(__)m

 

 



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