世界三大墳墓 仁徳天皇陵(大仙陵古墳)はなぜ巨大なのか。その理由は…。

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仁徳天皇陵(大仙陵古墳)とは

日本最大の前方後円墳。

大阪府堺市堺区大仙町にある古墳。形状は前方後円墳。百舌鳥古墳群を構成する古墳の1つ。大仙陵古墳(だいせんりょうこふん)または大山古墳(だいせんこふん)とも呼ぶ。

実際の被葬者は明らかでないが、宮内庁により『百舌鳥耳原中陵(もずのみみはらのなかのみささぎ)』として第16代仁徳天皇の陵に治定されている。

全長486メートル、濠(ほり)は3重、建造は延べ180万人以上という人が関わったとされる巨大な古墳です。同古墳を擁する堺市は、クフ王ピラミッド及び秦の始皇帝墓陵に並ぶ『世界三大墳墓』と称している。

エジプト・ギザのクフ王のピラミッドや中国の秦の始皇帝陵よりも大きく、世界三大墳墓の一つに数えられる世界に誇る文化遺産です。

 

2017年、国の文化審議会は、国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界文化遺産への平成31(2019)年の登録を目指す候補として、国内最大の前方後円墳・仁徳天皇陵古墳(大山古墳)を含む「百舌鳥(もず)・古市古墳群」(大阪府)を選んだ。登録の可否は、31年夏のユネスコ世界遺産委員会で審議される。登録が決まれば府内初の世界遺産となる。

 

百舌鳥・古市古墳群は、大阪南部の堺、藤井寺、羽曳野の3市に残る大小の古墳49基で構成。古墳時代の最盛期に当たる4世紀後半から5世紀後半にかけて築造され、前方後円墳、円墳、方墳など多様な墳形と規模の古墳が密集する。

 

私が高校生の時、よく仁徳天皇陵(大仙陵古墳)の濠にブラックバスと雷魚釣りに行きました。こっそり忍び込んで釣りをしていると、どこからともなく古墳を管理している宮内庁?市?の職員が自転車でやってきて『釣りしたらダメだよ~』と注意されてた記憶があります。結構大きなブラックバスと雷魚が釣れるんですよね!

 

この仁徳天皇陵(大仙陵古墳)の周辺には、大仙公園、博物館、図書館、日本庭園、与謝野晶子記念館、千利休茶の湯館などがあり、家族で歴史に触れながら楽しめる結構いい場所だったりするんですねよ。

古墳の外堀にそってフェンスが張られており、古墳のまわりを一周することができます。
1周 2,850mなのでジョギングをしている方も結構いらっしゃいます。

 

もし、世界遺産に登録されたら、やっぱり世界から人が押し寄せるのかな?ただ、ピラミッドや始皇帝陵の様に、中を見ることができない、周りから見てもただの緑の山笑。面白味も何もない。しかも駐車場も殆どない。ときてる。

どうにもならない気がします。どうするんだろう。どうでもいいけど笑。

 

 

なぜあんなに巨大になったのか

話は戻りますが、この巨大な仁徳天皇陵、仁徳天皇の力を示すために巨大にした、多くの労働者を酷使した暴君だった。という話も聞きますが、実際の仁徳天皇の素顔は全くの逆です。

 

仁徳天皇とは

応神天皇の第四子として生まれ、16代天皇として即位、313年から約80年もの長きにわたり存位したと伝えられています。一説によると、神功57年(257年)に誕生したといわれ、仁徳元年(313年)1月3日に即位し、仁徳87年(399年)に崩御したので、単純計算で 143歳の長寿で亡くなったことになります。誰かと誰かが混ざっている可能性が高いですね。なんせ今から1600年以上も前の話。

 

 

 

 

『古事記』によると、天皇は大変慈悲深い人物であり、仁成を行ったとされています。

ある日、難波の高津宮におられた天皇は高台に登られて、なんとなく四方を眺めていたとき、村々から立ち上るかまどの煙が少ないことに気付きました。

これはきっと不作で食物が足りないからだろう。都に近い村でさえこんな有様なら、都から遠く離れた国々の人々はさぞかし苦しんでいるだろうと、不憫に思われた天皇は、6年もの間、税の取り立てを免除するという政策を実施しました。そのため天皇家への収入はなく、御所は荒れ果て、雨漏りがするようになりました。しかし、天皇は庶民の苦しみを考え、荒れた御所や雨漏りの修理もせず、お召し物も新しく新調することもしませんでした。

さらに天皇は、堤を築かせ、池を掘らせて農業の復興に尽力しました。人々も天皇の気持ちを察し、自分の勤めに励み、その結果国は栄え、村々にもかまどの煙がたくさん上がるようになりました。
仁徳天皇が詠まれた歌です。

 

 

高き屋にのぼりて見れば煙立つ

民のかまどはにぎはひにけり

その後、天皇が御所の修繕を行ったときには、老若男女、われもわれもと手伝いに押しかけたというます。

天皇が崩御された後、その恩に報いるために、人々が進んで労役を提供し、あのような巨大な御陵ができあがったのだとも考えられます。

信じるか信じないかはあなた次第です。

 

ただ、『古事記』の記述は、天皇家礼賛がベースにあるので、真実であれ、盛っている部分もあると思います。

こんな話もある程度に覚えておいてください。

 

国民の為にわが身を犠牲にしても、慈愛の心で仁政を尽くす。

今の日本の政治家は仁徳天皇の爪の垢を煎じて飲ませたいものです。

 

 

大きな疑問

 

ただ、この『仁徳天皇陵』には、大きな疑問があります。
本当に仁徳天皇を埋葬した陵墓なのかと。

古墳の形状などから判断して、この古墳は5世紀に造られているようですが、それでは、古事記に書かれている仁徳天皇の時代と100年以上のズレが生じるようです。

そして古墳は宮内庁が管理しており、実地調査が許されていないので、『実際に誰を埋葬したものか』が分かっていないんです。

明らかに『仁徳天皇陵』と言える証拠がないので、考古学会のルールに従って、地名である『大仙』を冠して、『大仙古墳』または『大仙陵古墳』という呼び方に変わっています。

 

大仙陵古墳(伝仁徳天皇陵古墳)は当然盗掘されてますから真実が残っていない可能性もあります。

 

あのマッカーサー元帥が秘密裏に大仙陵古墳(伝仁徳天皇陵古墳)を調査したという話もあります。

 

イスラエルの三種の神器、『十戒石板』『マナの壺』『アロンの杖』
三種の神器の『マナの壺』になぜそっくりなのか。

 

真実が解明される日は、いつか来るのでしょうか…。

 

世界三大墳墓 仁徳天皇陵(大仙陵古墳)はなぜ巨大なのか。その理由は…。でした。



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