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【歴史編】教科書では絶対に知ることのできない歴史の真実・雑学・トリビア・豆知識!

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教科書には絶対に載らない、歴史の真実。

教科書で学んだことは全てが真実ではない。華やかな歴史の裏には恐ろしい真実があった。

驚愕の歴史の真実・雑学・トリビア・豆知識を集めてみました!

『世界の歴史編』と『日本の歴史編』に分かれているので両方ご覧ください!

1ページ目は『世界の歴史編』

2ページ目は『日本の歴史編』となっております。

 

 

世界の歴史編

聖書の中で、悪魔と神様が人間を殺した人数。

悪魔が人間を殺した人数は10人。
神様が殺した人数は2038344人。

 

 

 

古代ギリシアの軍隊には同性愛者だけを集めた軍隊があった。

神聖隊は、紀元前378年にゴルギダスによって結成された古代ギリシア・テーバイ(テーベ)の精鋭歩兵部隊。レウクトラの戦い等で活躍し、紀元前4世紀のテーバイのギリシア覇権確立に大いに貢献したこの部隊は、150組300名の男性の恋人同士によって編成されていたという。恋人を守ろうと兵士が勇敢に戦ったためにとても強かったもよう。

 

 

 

古代ローマ人は、ネズミの脳みそをつぶしたものを歯磨き粉として使用していた。

 

 

 

ルイ16世は自らが改良したギロチンによって自らの首を跳ねられた。

1793年1月21日午前10時22分、革命広場(現コンコルド広場)でギロチンで斬首刑にされた。『人道的な処刑具』としてギロチンの導入が検討された際、その刃の角度を『斜めにするように』と改良の助言を行ったのはルイ16世本人。

 

 

 

ギロチンで首を切断した後、1分位は意識がある。

当時ギロチンによる死刑は痛みを感じるまもなく即死すると信じられていたが、疑問を抱いた博士が自分がギロチンによる死刑にかけ、本当に痛みを感じるまもなく即死しするのかという実験を行った。博士は首を切られるまでまばたきをし、それを助手に観察させ、結果は首を切られた2・3秒後でもまばたきを続けていた。

 

 

 

西洋の絵画で『女性』と『割れた水瓶』が一緒に描かれてる場合、それは『処女喪失』暗示している。

 

 

 

ヘラクレイトスは『万物は流転する』と言ってない。

ギリシア人の哲学者、自然哲学者。

 

 

 

ガリレオ・ガリレイは『それでも地球は回る』と言ってない。

イタリアの物理学者、天文学者、哲学者。

 

 

 

ナポレオンは『余の辞書に不可能の文字はない』と言ってない。

革命期のフランスの軍人・政治家。
フランス革命後の混乱を収拾し、軍事独裁政権を樹立。また、戦勝と婚姻政策によって、イギリス、ロシアとオスマン帝国の領土を除いたヨーロッパ大陸の大半を勢力下に置いた(これら一連の経過をナポレオン戦争という)が、最終的に敗北して失脚。

 

 

 

リンドバーグは『翼よ、あれがパリの灯だ!』と言ってない。

アメリカ合衆国の飛行家。自伝によれば、『ここがブルジェ(パリ北部の都市)でなければ、どこだろう。しかし、灯りは見えない』と自分の居場所を認識していなかった。

 

 

 

ガガーリンは『地球は青かった』と言ってない。

ソビエト連邦の軍人、パイロット、宇宙飛行士。

 

 

 

アインシュタインはノーベル賞の賞金を全額、離婚の慰謝料にあてた。

40歳の時に彼の浮気が原因で妻・ミレーバと離婚することに。その際、ミレーバから慰謝料を要求されると『いずれノーベル賞をとるから、その賞金をあげる』と言った。2年後にノーベル賞を受賞し、慰謝料を払った。

 

 

 

イギリスでは鉱山採掘などする時、カナリアが現場に持ち込まれていた。

カナリアは酸欠になったり有毒ガスが発生するとすぐに死んでしまうため、人間が危険な状態になる前に察知して避難する事ができた。

 

 

 

ナポレオンは臭いフェチだった。

戦場から恋人に『今から帰るから、風呂にだけは入るな』という手紙を書いたこともあった。

 

 

 

ナポレオンの3時間睡眠は真っ赤なウソ。

ナポレオンは1日8時間グッスリ寝ていた。

 

 

 

本当は怖いクリスマスツリー。

今から1200年前頃、北ヨーロッパでは木を崇拝する習慣があった。ある年のクリスマス・イブに聖ボナファツィオが森の中を歩いていると、明かりが見えたので近づいて行くと、そこには大きな樫の木を囲んで大勢の人々が集まり、その木の前には祭壇が作られ、その祭壇の上にはロープで縛られた王子が横たえられていました。そして、その木に王子を生贄として捧げる為に式が行われていた。

 

 

 

中世ヨーロッパでは窓から排泄物が投げ捨てられていた。

中世から近世にかけての数百年間、パリの路上には人や動物の糞尿、腐った食品のくずが散乱し、セーヌ川には屠殺された牛や豚の臓物や血が途切れることなく流れ込んだ。うっかり道の端を歩こうものなら、頭上から容赦なく屎尿がぶちまけられた。街は悪臭に満ち、それは王宮にまで及んだ。ひとたび疫病が発生するや、あっという間にパリを席巻し、数千数万の人々の命を奪うという。

 

 

 

17世紀のルイ14世もルーヴル宮殿が汚物まみれになったため、ヴェルサイユ宮殿に引っ越してきた。


出典:Zigar

 

 

ヴェルサイユ宮殿にはトイレが無かった。

当初トイレとして独立した部屋がなく、ルイ14世の時代には274個の椅子式便器があった。
椅子式便器とは椅子の中が中空になっており、そこに汚物受けを仕込んだもの。しかし、当時のヴェルサイユ宮殿には1000人の王侯貴族と4000人の召使いが常時出入りしていたようで、まったく足りなかった。宮殿には水道が通じておりましたが、それはもっぱら噴水用で、トイレに使われることはなかったそうです。

 

 

 

ハイヒールの起源は『ウンコ踏まないように作られた靴』

ウンコの都だったパリ17世紀のフランス・パリでは、下水道の整備が間に合っておらず、プリッと排泄した汚物を窓から外に捨てていた。町中にウンコやシッコが大量に撒きちらされていので、普通の靴だとフランス女子たちの長いスカートは地面に着いてしまい、ウンコだらけになってしまうので踵の高い靴が作られた。

 

 

 

男性のシルクハットとマントは汚物を捨てられた際の飛び跳ねよけで使われた。

始まりはやっぱりウンコの都パリ。

 

 

 

香水が出来た理由。

中世ヨーロッパの匂いは糞便の臭いで、ハーブや香料が発達した背景には、そうした『臭い』を解消する目的があった。当時の紳士淑女の服は月1回洗濯できれば良い方で、服にカビが生えているのは当たり前だった。お風呂やシャワーも全く利用しなかったため、体臭など臭いをごまかすため、香水を大量にふりかけていた。ヨーロッパではこういう背景から香水が発達していった。

 

 

 

フープスカートが出来た理由。

しゃがめば隠れるからどこでもトイレが出来る為。1658年に書かれた本には、舞踏会に参加した女性が、庭の鉢植えに立ち小便をしたという記述があります。同じころの作法書にも『尿意を感じたらすぐさま放出すべし』と書かれているそうです。その時に、立ったまま廊下や部屋の隅、庭の茂みで用を足しやすいようにとの配慮から生まれたのがこのフープスカートと言われています。

 

 

 

日傘が出来た理由。

振ってくるウンコの直撃をさけるため。上から降ってくる糞尿から身を守るためだった。

 

 

 

サンルーフが出来た理由。

ヨーロッパの町並みにサンルーフのついている家が多い理由は、上階から降り注いでくる汚物から人々を守るという切実な理由があったから。

 

 

 

世界遺産アンコールワットには江戸時代の武士の落書きがある。

寛永9年(1632年)正月に肥州(熊本県)の住人、森本右近太夫が書いたもの。内容は『仏教の悟りを開く事を志し、数千里もの海を渡り、この世の中を浄めるがため ここに四体の仏像を奉納します』と書かれている。

 

 

 

かぜで世界6000万人が死亡したことがある。

1918年から1919年にかけてスペインかぜウィルスが大発生し、6億人が感染し、6000万人が死亡した。当時の世界の人口は、30億人。

 

 

 

月に行ったアポロ11号の性能は、ファミコンレベル。

アポロのコンピューターのCPUはトランジスタと同等のICを数千個組み合わせて作られた16ビットマシン。
RAMは2Kワード(4Kバイト相当)で、ファミコンのワーキングRAM2Kバイト+ビデオRAM2Kバイトと同等だが、ROMは36Kワード(72Kバイト相当)とファミコンのカセット搭載ROM(24Kバイト~1Mバイト)に大きく劣る。
ファミコンの方が処理速度は10倍、メモリ容量は100倍ぐらい上だったようです。

 

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