黒田如水(黒田官兵衛) 秀吉に警戒され、恐れられた男の言った最悪の失言とは!

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羽柴秀吉は官兵衛の才知を高く評価すると同時に恐れていた、そして放ってしまったたった一言で秀吉の信頼を失った男。

 

秀吉に重宝された名参謀

織田信長、豊臣秀吉に仕え、名参謀として重宝されていた黒田如水(黒田官兵衛)。

彼は竹中半兵衛と共に『両兵衛』と称された天才軍師でした。

秀吉からは『次に天下を取る男』とまで称された如水。しかし、彼のたった一言の失言が、彼の運命を大きく変えてしまうことになります。

信長の下に仕えていた如水は、信長から大いに気に入られ、その後仕えた秀吉の元でも見事な働きぶりを見せて功績を上げていました。また、信長の重臣であった荒木村重が有岡城で謀反を起こした際、如水は村重説得のため単身で有岡城に向かいましたがそのまま土牢に幽閉されてしまいます。そこで片足が不自由になるほどのひどい生活を1年も強いられるが、それでも彼は寝返ることなく、救出後には秀吉の下へ戻ったといいます。そんな如水の献身的な姿に感銘を受けた秀吉は、彼に絶大な信頼を寄せていました。

 

誤解させてしまう励ましの言葉

だが、これまで築いてきた秀吉からの信頼を、如水は自らの言葉で一気に崩してしまいます。

その言葉が発せられたのは、本能寺の変で主君・織田信長の死の告知を受けたときでした。如水は、主君の死を悲しみ号泣する秀吉に『これで御運が開けますぞ』と声をかけるが、こんなときに主君の死を利用せよという彼の発言はまさに場違いだった。

『もし如水が勢力を上げきればきっと天下を狙うことだろう・・・』

こう思った秀吉は、これ以降、如水の知謀を恐れるようになったという。

主君を励ますために発言した言葉が、自らの信頼を一気に失墜させることになった如水。彼はその後いくら功績を立てても評価されることはなく、結局彼が秀吉から与えられたのはたった3万石だけだったそうです。

その後、関ヶ原の合戦において、息子・黒田長政は徳川家康方の東軍として参戦し、東軍勝利の一番の功労者として、筑前国名島52万5千国を与えられます。

 

黒田如水の言葉

『これはお前のためだ。乱心ではない』

如水は晩年、家臣の心を息子・長政に向けさせるために乱心を演技していた。その本音をこっそり長政に知らせたときの言葉です。

 

黒田如水(黒田官兵衛) 秀吉に警戒され、恐れられた男の言った最悪の失言とは!でした。





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