軍神・上杉謙信 毘沙門天の熱心な信仰家。実はトイレで暗殺された!?

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謎の急死を遂げた信玄の本当の死因とは・・・

最強の戦国武将の1人といわれ、後世、軍神や越後の虎、越後の龍と称された上杉謙信。そんな上杉謙信の死因は謎めいたものがあります。

 

“軍神”の謎の死

1578年、次なる遠征を間近に控えた上杉謙信が、突然倒れてこん睡状態に陥り、その4日後に死去します。享年49歳。

あまりに急な死だったことから、その死因にはさまざまな憶測が飛び交っています。

当初、謙信の死因は脳卒中とされていましたが、偶発的に訪れた死とするにはあまりにもタイミングが良すぎたため、暗殺説が浮上。黒幕に挙がったのは、天下統一を目の前に控えた織田信長でした。

一説によると、生前、謙信は信長に追われた室町幕府15代将軍・足利義昭から信長を攻撃せよとの命を受け、上洛を決意していたとされています。謙信の行動を信長はいち早く察知していたといい、身の危険を感じた信長は、謙信を上洛させないよう刺客を放ったという。

 

刺客に死角から肛門をひと刺し!?

その暗殺説の中には、謙信がトイレで暗殺されたという話も存在します。謙信は用を足そうとかがんだとき、隠れていた刺客に肛門を刺されて死んだという説です。

なんとも痛々しい話ですが、それを裏付ける証拠は残っておらず、謙信の死因は未だに謎に包まれたままです。

だが、謙信はその後自分に襲いかかる運命を知っていたのかもしれない。彼は死の1カ月前に画家を呼んで肖像画を描かせています。

“軍神”と呼ばれるほどの戦上手だった謙信。勝つためなら手段を選ばない信長の性質を、誰よりもよく見極めていたのかもしれません。

 

上杉謙信のトリビア

『謙信は実は女性だった』
『子供の頃は城の模型で遊びながら戦術を学んだ』
などの面白い話のある謙信ですが、かなりの酒豪でも知られています。戦のときにも馬に乗りながら酒を飲んでいたとされています。そのため、死因はアル中や、過度の酒量によるガンとの噂も存在します。

軍神・上杉謙信 毘沙門天の熱心な信仰家。実はトイレで暗殺された!?でした。





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