板倉勝重 何事にも公明正大だった家康の重臣。江戸町奉行、京都所司代。

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板倉勝重(いたくら かつしげ)

生誕:天文14年(1545年)

死没:寛永元年4月29日(1624年6月14日)

通称:四郎右衛門

 

幼くして出家したが、父と弟が戦死したため、還俗(げんぞく)して板倉家を継いだ。

家康に重用され、駿府町奉行や江戸町奉行などを歴任した。江戸開府後、公家や西国大名を監視する初代京都所司代(しょだいきょうとしょしだい)に任じられた。外交・行政手腕をたくみに発揮し、重要な役職を見事にこなした。何事にも公明正大であり、双方が納得するような公平な裁きを行ったため、人々の心を掴んだ。

『勝重の裁判を受けた者は、訴えに負けても自分の罪を悔いた』とまでいわれ、名奉行と言えば誰もが勝重を連想した。

寛永元年(1624年)に死去、享年79歳。

板倉勝重 何事にも公明正大だった家康の重臣。江戸町奉行、京都所司代。でした。





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