紫衣事件 1627(寛永4)年に起こった事件の原因と詳細。

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幕府が朝廷・宗教統制の強い意志を表したのが紫衣事件です。

紫衣とは、高僧が着る紫の袈裟のことをいいます。

従来、それを着る許可は天皇より与えられていました。しかし1627(寛永4)年、老中・土井利勝や臨済僧・金地院崇伝(こんちいんすうでん・家康のブレーン)は、幕府の許可なく後水尾天皇が紫衣を与えたことが『禁中並 公家諸法度』に違反するとして問題にしました。

これに反発した大徳寺・妙心寺の僧侶たちは、翌年江戸に赴き、幕府に抗議書を提出。この行動に幕府はいっそう態度を硬化させ、1629(寛永6)年、中心となった僧侶を処罰し、幕府の許可なく与えた紫衣を剥奪しました。

 

この時処罰された僧の中には、【たくあん漬け】で有名な大徳寺の僧・沢庵も含まれていました。沢庵は3年後に許され、家光の時代には厚遇されました。

 

幕府が強硬な態度に出た理由は、宗教統制を徹底させるためとともに、幕府の出した法度が優位であることを朝廷に示すためだったと言われています。これが紫衣事件の詳細です。

紫衣事件 1627(寛永4)年に起こった事件の詳細。でした。



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