奴隷の酷すぎる輸送方法と黒人奴隷とアメイジング・グレイスの関連性と真実とは。

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白色人種の、有色人種への侵略。

金銀財宝を奪い取り、反抗するものは殺し、奴隷として連れ去る。

白色人種は富も人も区別することなく略奪していきました。

黒人奴隷。彼らはアフリカからどのように運ばれたのでしょうか。

写真をご覧ください。

黒人奴隷の輸送方法

完全に【物】

死んだ奴隷は海に捨てていたようです。

 

アメイジング・グレイスの真実

アメイジング・グレイス(英語:Amazing Grace、和訳例:すばらしき恩寵)

イギリスの牧師ジョン・ニュートン (John Newton 1725–1807)の作詞による賛美歌です。

イギリスで生をうける。敬虔なクリスチャンだった母は幼いニュートンに聖書を読んで聞かせいた。しかしニュートンが7歳の時に亡くなった。成長したニュートンは、商船の指揮官であった父に付いて船乗りとなる。そしてさまざまな船を渡り歩き、黒人奴隷を輸送する『奴隷貿易船』に携わり富を得るようになった。

当時の黒人奴隷は家畜以下の扱いを受けており、一度の航海で多くの利益を出すために船内に無理やりに詰め込まれ、しかも衛生環境は劣悪で多くの者が輸送先に到着する前に感染症や脱水症状、栄養失調などで死亡した。

ニュートンもまた黒人奴隷に家畜以下の扱いをしていた。

1748年5月10日、彼が22歳の時に転機は訪れる。イングランドへの航海中、嵐に遭い船は浸水、転覆の危険に陥った。彼は必死に神に祈った。敬虔なクリスチャンの母を持ちながら、彼が心の底から神に祈ったのはこの時が初めてだった。すると積んでいた貨物が船倉の穴を塞いで浸水が弱まり、船は運よく難を逃れた。

ニュートンはこの日を機に、酒、賭け事、不謹慎な行いを控え、聖書や宗教的書物を読むようになった。

そして奴隷に対しも、同情を感じるようになったが、その後の6年間奴隷貿易に従事し続けた。

1755年、ニュートンは病気を理由に船を降り、勉学と多額の献金を重ねて牧師になる。

そして1772年、『アメイジング・グレイス』を作詞する。

歌詞中では、黒人奴隷貿易に関わったことに対する悔恨と、それにも拘らず赦しを与えた神の愛に対する感謝が歌われている。

アメイジング・グレイス。すばらしき恩寵。黒人奴隷貿易に関わったことに対する悔恨と、それにも拘らず赦しを与えた神の愛に対する感謝が歌われた曲。

本当は野蛮な白人の後悔の歌。自分のした悪事を、神が許したと都合よく勝手に解釈してできた歌。神の罰は死後に必ず訪れる。神の罰が生前に訪れるのから、白色人種は滅んでいるかもしれません。私はこう思います。

結婚式では、当たり前のように【アメイジング・グレイス】を使っている。しかし、結婚式で使うような曲でないことを忘れないでおきましょう。結婚式で使う曲は「天使祝詞(てんししゅくし)」と呼ばれている【アヴェ・マリア】だけにしておきましょう。

というか、私も教会で神父の前で結婚したのですが、キリスト教で結婚式を挙げたことになります。今のキリスト教は知りませんが、昔のキリスト教は恐ろしいくらい残酷な宗教だったんですよ。異教徒は殺していいなんて教えがある宗教だったんですから。世界で一番人を殺した宗教はキリスト教。

奴隷の酷すぎる輸送方法と黒人奴隷とアメイジング・グレイスの関連性と真実とは。でした。



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