徳川幕府の江戸時代 世界最大の都市であり、世界一の就学率・識字率を誇った。

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戦国時代が終わり、安穏と平和の江戸時代が始まります。戦争が二世紀半もなかった江戸時代は、世界史上まれな時代でもあります。この長い平和の間に、日本の文化、学問はよりいっそう研磨され、将軍のお膝元である江戸は、18世紀には人口100万人を超え、世界最大の都市になります。大阪や京都も大都市として栄えました。

士農工商の最上位にいた武士は、戦いがないために武芸よりも学問に励みました。幕府は湯島に昌平坂学問所を開き、諸藩は藩校をつくり、藩士の子弟を教育しました。水戸の弘道館、庄内の致道館、対馬の東明館、萩の明倫館、会津の日新館などが有名ですね。

庶民の教育も盛んになります。武士や僧侶が教師を務める寺子屋が各地につくられ、その数は1万カ所にもおよび、読み書き、算盤、生け花、裁縫などを習うことができました。

さらに有志による私塾もつくられ、緒方洪庵の適塾、吉田松陰の松下村塾など有名な私塾もたくさん生まれました。長屋に住む庶民の子供でも、習い事に行かない子供はいなかったといいます。

その甲斐あって、1850年当時の国民の就学率は70%~80%にも達していたそうです。もちろんこれは世界一の就学率であり、それに比例するように識字率も70%~80%あり、日本人は高い教養を誇っていたのです。江戸時代の幕末期では、武士はほぼ100%読み書きができたといいます。庶民層でも男子50%、女子20%という推定値が出されています。江戸に限定すれば90%が読み書きができたようです。

同時代の他国と比べてみると、

1837年当時のイギリスの大都市での就学率は20%~25%。

19世紀中頃のイギリス最盛期のヴィクトリア時代でさえ、ロンドンの下層階級の識字率は10%。

フランスは1794年に初等教育の授業料が無料になったが、10~16歳の就学率は1.4%。

当時の日本がいかに凄かったか分かります。この時代からの就学が、現在の【日本人は勤勉】に繋がっているんでしょうね。

徳川幕府の江戸時代 世界最大の都市であり、世界一の就学率・識字率を誇った。でした。





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