徳川家康 病的なまでの健康オタクだった。

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家康は当時から病的なまでの健康オタクとして有名でした。

1585年の春、44歳の時に、家康にはある悩みがありました。背中に大きなコブができ、夜な夜な激しい痛みが襲ってきて眠れない。そこで家康は小性にハマグリの貝を持ってこさせ、コブを挟んで膿を勢いよく搾り取らせた。ところが、コブは以前より大きくなり、さらなる激痛が家康を襲う。すっかり落胆した家康は死を覚悟し、遺言をしようと厳粛な態度で家来まで集めた。だが、医者に診せるとすっかり治ってしまった。

そのときの様子を桑田忠親によれば、『医者が、びっくりするくらい大きな灸を家康の背中にすえて帰った。家康は異様なうなり声をあげた。そして今度は高熱が襲った。うなり声はうめき声へと変わり、それが朝まで途絶えることはなかった』と記しています。

このように家康は、医者に診せる前に、自分で自分の体を治療することが多くあったようです。そのことを諌めた医者を島流しにするほど、薬の調剤に自信があったようです。

1616年、家康は鷹狩りに出かけた先で倒れ、4月17日に駿府城で死去した。天ぷらによる食中毒死が長らく信じられてきたが、これは誤解であり、近年では胃癌が直接の死因であると見られています。むろん【セルフ調合】が病状を悪化させていた可能性も否定できません。

旅芸人という裏社会にルーツを持つ天下人・徳川家康は【つくり馬鹿】や【健康オタク】といった逸話を現世に残し、今も日光東照宮に【大権現】として祀られています。

徳川家康 病的なまでの健康オタクだった。



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